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書くことの勧め [日常]

書くことしかできなかった。

彼はひどく落ち着かない家庭に育った。
詳細は省くが、とにかく落ち着かない、子どもが安らげない家庭だ。
学校にいる時間だけが、彼にとって安らぎだった。
長い休みが来ると、うんざりを通り越して絶望に近い感情を抱いた。
そしてある日、学校すら安らぎの場ではなくなった。
全身から滲み出る卑屈さ故か、はたまたただの偶然か……
彼に対するいじめが始まったのだ。
それでも彼は学校に行くことをやめなかった。
なぜなら学校には授業があり、その間だけは自分の世界に居られたから。

当時はまだ教師と生徒の力関係ははっきりしていて
教師の前で明確ないじめをおこなう生徒はいなかった。
だから彼は授業中、ひたすらノートに想いを綴った。
最初は誰かへの恨み辛みだった。
こんなことを言われた、こんなことをされた、
辛い、悲しい、悔しい……そしてなぜ。
学校の中、あるいは外の世界、自分を取り囲む理不尽に対し
ただひたすらに書き殴った。
最初は短い文章だったものが、日を追うごとに長くなり
やがて物語へと変化していった。
彼はノートの中に新たな世界を構築した。

物語の中ではなんにでもなれる。
いじめの加害者を悪役に見立て、徹底的にやり込める。
こうであってほしいと願う主人公に自分を投影して大活躍させる。
すべて筆一本、書いたもの勝ちの世界だ。
誰かに見せるつもりもなく、見せられるわけもなく……
そうやって彼は幾十、幾百もの物語を紡いだ。
逃げ場はノートの中にあった。
ノートの中にしかなかった。
だから彼は書き続けた。
来る日も、来る日も、授業中も、休み時間もただひたすら書き殴った。
鉛筆を握れない状況の時は頭の中で物語を考え続けた。
とりたてて書きたいことがあったわけじゃない
それでも書き続けたのは、そうすることでしか
現実から逃れる方法がなかったからだ。

学業を終えたあとも、いろいろなことが起こった。
徐々に徐々に幸せが占める割合が増えていったけれど
それでも過去から伸びる手が根絶できたわけでない。
日々が幸福に満たされれば満たされるほど
思い出したように伸びてくる手の黒さが増した。
彼はその全てを書くことによって昇華していった。
ノートと鉛筆がワープロの時代を経てパソコンへと変わっても
彼の生活から『書くこと』が消えることはなかった。

そして彼は物書きになった。
ご想像どおり、私である。
良い人ばっかりしか出てこない、ご都合主義で軽くて呑気な物語は
幾百、幾千もの呪いの言葉のあと、ようやく作り上げた場所である。
現実にはあり得ないとわかっていても
こんな世界に生まれたかったという憧れの場所。
それを我が手で描くことで私は今日を長らえている。
あの暗かった時代、こんな風に世界を作る術を磨かなかったら
秋川滝美はこの世にいなかったのかもしれない。

学校以外は辛い場所だった。
学校すらも辛い場所だった時期もある。
それでもなんとか生きてきた。
その手段が書くことだった。

夏休み明けは子どもの自殺が急増する時期である――
ここ二、三日そんな報道が目に付く。
学校に行かなければならない
それがあまりにも辛くて、苦しくて死を選んでしまうのだと……
新聞には主にいじめに起因する子どもの場合が書かれていたが
それ以外の理由で学校に行きたくない子どもだっているだろう。
大人にだって辛いことがたくさんある。
子どもほど心が繊細じゃないにしても辛いと感じることはたくさんある。

辛いと感じたとき、やりきれなくて、生きているのが嫌になったとき
どうか、その想いを綴ってみてほしい。
巧拙なんて関係ない。
あいつキライ、だけでもいい、とにかく文字にしてみて欲しい。
文字の連なりは言葉を作り、いつか文章となる。
書くことで整理され、昇華されていく想いはきっとある。
五年、十年、十五年と生きていくうちには様々なことに出会う。
文章を書くことに抵抗がなければ、そんな出来事を文字に映すことができる。
もう一歩も歩けない、進めないと思っていても
いつの間にか高い山に登ってしまっている自分に気付ける日が来るかもしれない。

ただ、それにあたって、ひとつだけ心に留めて置いて欲しいことがある。
もしも、もしも物語が生まれそうになったときは
どうか投げ出さず、最後まで書いて欲しい。
想いなら書き殴りでもいい。
でも物語を作り始めたら、登場人物を投げ出さないでほしい。
冒険であれ、恋であれ、人生であれ、とにかくどこかに辿りつくように
きちんとEndマークを打ってやってほしい。
道に迷っているあなたなら、どこにも辿り着かない辛さがわかるはずだ。
登場人物にそんな想いを強いてはいけない。
それはその世界を作った者の責任だ。
そして何よりも、もしかたら、ひとつの世界を作り、それを閉じた瞬間
生きている意味がうっすら見えるかもしれないから……



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コメント 4

ゆうのすけ

先日は暖かいコメントありがとうございました。
この週末は長い日になるかと思いますが 無事つとめられるようにと思っております。
今回の記事の意味・・・私は逆(学校に居場所がなかったと言ったら良いでしょうかね!^^;)なんですが 秋川さんの お気持が凄くダイレクトに伝わってぐっときた気分です。^^
以前かなりの枚数を原稿用紙に書いたことがあるんですが 途中で昇華しちゃってそのままに。。。決して哀しい話ではなく 主人公そしてその仲間たちがある場所から それぞれの次のステップに新しく旅立つストーリーなんですが その時の感情を久しぶりに今回の記事で思い出すことが出来ました。でも気持ちが昇華して原稿用紙の続きはそのままになってしまいましたが 主人公は無事にだか成長できたのか?!知りませんが 今ここにコメントなんか書いています。ストーリーは場面を変え続いているようですよ。^^;
by ゆうのすけ (2016-09-02 00:30) 

秋川滝美

ゆうのすけさん

大変なときにコメントをありがとうございました。
日が経つにつれて込み上げる思いもおありでしょう。
心身ともに無理をなさりませんように……

裕之助さんに限らず、一度書く楽しさを覚えた方は
ずっと書き続けるように思います。
ですから、余計に若く感性豊かな時代に
書く習慣を身につけて欲しいと願っております。

by 秋川滝美 (2016-09-13 10:16) 

高遠

おひさしぶりです。

「彼」は昔の私のことか?と思いました。
ただ私は高校時代に友人に恵まれて、書くことよりも友人に愚痴として言葉で伝えていたけれど。
昔を思うと胸が痛みます。
高校時代の友人とは拠点を違えた時、口から吐き出すことのできなくなった言葉をパソコンに打ち込むことを覚えました。
そして今があるわけですが……なかなかendすることができずに四苦八苦。
投稿始めたころに知り合いと”必ず完結させる”と約束していたというのに不甲斐ない現在ですが、秋川さんのおっしゃる通り、何かを手に入れるために最後の”。”を打てるように精進していきます。

心につき刺さるものがある、素晴らしい話をありがとうございました。


by 高遠 (2016-10-11 21:22) 

秋川滝美

高遠さん

ああ……お元気でいらっしゃったのですね。
コメントいただけて嬉しいです。

今、私は物書きの端くれとなっておりますが
だれかに「作家になるにはどうしたらいいですか?」と
訊ねられたら、答えはひとつです。
「最後まで書くこと」
この質問に「まず書くことです」と答える物書きはたくさんいるでしょう。
でも、それだけじゃ足りない。
終わらせることができるというのが大事。
私は、本当に心の底からそう思ってます。
どうか頑張ってEndに辿り着いてください。
一通り終わらせてから、パート2を始めるなんて
良くあることなんですから(自虐/笑)





by 秋川滝美 (2016-10-12 14:03) 

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