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満身創痍 [日常]

わははは……

頭の上から足の先まで調子が悪い。
もうあっちこっち悪すぎて
どうしていいのかわからないが
とにかくここ数年最大というぐらいの不調だ。

年明けから抱えていた問題はちっとも解決せず
コレステロールやら血圧の数値も改善せず
二年越しの踵痛は本日も全開
またしても水平移動すら不可能に……

とりあえず肉体的な痛みだけでもなんとかならぬかと
あれこれ策を弄してみたがどうにもならず
またしても痛い注射のお世話になることに。
調べてみたら、ちょうど一年前で
つまりあの注射の有効期限は一年なんだな……
なんて思いつつ病院へ。
昨年片方だった痛みは今や両側で注射も二本。
一本だけでも絶叫物だった痛みを二回我慢して
命からがら帰宅←いまここ。

なんだろうなあ、この踏んだり蹴ったり感は……
と嘆きつつ、カレンダーをみると
五月末は目前。
満身創痍で書く恋愛小説……
仕上がりの程はいかに……(ため息)



  
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カラーリングシャンプー [日常]

苦労が多いので白髪も多い。

とかいうとぶん殴られそうな気がするので
正直に『年だから』と告白しておくが
最近めっきり白髪が増えた。
かといって、化粧品すらヤバイレベルの虚弱な皮膚しか
持っていない私としてはカラーリングには二の足を踏みまくる。
あ、はい、カラーリングなんてしゃれたものではなく
『白髪染め』ですね、すみません。

昔ならば白髪など染めもせずに
はいはいおばばでござる~なんて過ごしていた人も
多かったのだろうけれど
お洒落目的のカラーリングが当たり前になってから
生まれたままの髪の色でいる人はめっきり減ってしまった。
つまり、白髪だって染めるのが当たり前。
染めていない人は「だらしない」とか「女捨ててる」となるらしい。
「女」については生まれてこの方、ちゃんと持っていたことがないので
今更捨てるまでもないのだけれど
だらしないと言われるとちょっとたじろいでしまう。

まああれですね……
人として、積極的に悪印象を与える気もあまりないってわけだ。
でもねえ、おそらく私の肌は『染料』ってやつには
完璧に負けるんだよ……ううむ……
どっかに軟弱な私の肌でもつかえる白髪染めはないんだろうか……

こんな悩みは目の前のお利口さんな箱に訊くに限る!
てなわけで、訊いてみた結果、出てきたのが
天然素材使用のカラーリングシャンプー&トリートメントだった。
なんでも昆布だかなんだかを使っているので
肌にも優しいし、手まで染まるということもない。
しかも使い方はごく普通にシャンプーとして使うだけ。
これなら無精な私でも使えるぞ!

かくして件のシャンプーを取り寄せて使い始めた。
一回ぐらい使っただけで「まーすごい!」なんてことにはならないが
何度も使ううちに徐々に染まっていく。
さらに、冠婚葬祭、打ち合わせ、パーティ(ないな……)などなど
どうしても人に会わねばならないときは、カラーリングトリートメントを使う
もちろん美容院やカラーリング剤で染めるほどしっかり染まったりしないが
とにかく『一応努力してます~』感はだせるレベルなのだ。
何より頭も肌もひりひりしない(これが一番大事!)

そんなわけで、ここしばらくは天然素材系シャンプーと
トリートメントでしのいできたのだが
ここにきて大変困った事態発生。
これらのシャンプー類は外で使用することができない。
外泊でホテルや旅館にいったりすると
ごく普通のシャンプーを使うしかなくなって
なんとなく染まった感じにごまかされていた髪が
本来の色に戻ってしまうのだ。
つまり『白髪目立ち放題』……
外泊している=旅行中=人と会う機会も多い
となるのにこれは辛い。

広い湯船にゆったりと浸かって手足を伸ばし
あー極楽、極楽……なんて日頃のストレスを溶かしまくっても
ふと鏡に目をやるとそこに移っているのは「おばば」
溶けたストレスが倍返しされた気分になってしまう。
ため息てんこ盛りである。

深夜の温泉で、ちゃぽん……なんて水音を立てながら
私は呟く。
どっかに外でも使えるカラーリングシャンプーがないのだろうか
手も壁も床も一切汚さず『髪だけ』が染まるシャンプー。
そういうものが開発されたら速攻で買いに行き
末永く使わせていただくのに……

ということで全国の美容関連企業の皆様。
是非ともこの夢のようなカラーリングシャンプー
「髪だけ」しか染めないシャンプーを
開発してくださいませ。
面の皮の厚さにだけは自信があるが
材質には全く責任が持てない物書きからのお願いである。



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終わらぬ災害 [日常]

被災地の方々に贈る言葉すらでてこない。

何を言っても虚しく思える。
我が国を守る八百万の神々に
どうか彼の地に平静のときを……と祈り続けてみても
すべては神の志やもしれぬ、という思いがよぎるたび
この祈りに意味はあるのか……
それともやはり神などいないのか……と項垂れてしまう。

北海道阪神淡路、新潟東日本、そして九州
地震による災害は止まるところを知らず
救済の手が遅すぎると嘆く一方で
人としてあってはならない思いがわき上がる。

ああ……もうこれで東北は過去になってしまうのか
震災から五年、まだ復興にはほど遠いというのに……
救済の手も資金もまずは九州へと向かう。
それは当然のことであるし、そうでなくてはならない。
けれど心のどこかで小さからぬ焦りが生まれる。
東日本大震災が起こったとき、神戸の人々はこんなことを
思ったのだろうか。
いや、きっとそんなことは思いもしなかっただろう。
これは偏に私という人間の浅ましさゆえ……

自分の小ささにうちひしがれつつ報道画面を見つめていた私の目に
飛び込んできた新名神の橋桁落下事故。
あれはまさに阪神淡路大震災を想起させた。
忘れ去ってはいけない……と天から声が降る。
神はいるのかもしれない……
ふとそんなことを思ったりもする。

災害に見舞われた直後の地に援助の手が
しかも緊急に必要なのはわかっている。
ライフラインの復旧、人として当然の生活
それらに向かう努力を否定などしない。
人手も資金も有限。
優先順位はつけなければならない。
そして目下の一位は、言うまでもなく九州だ。

けれど、お願いだから……と声にならぬ声で叫ぶ。
何年もの時を経て、未だ立ち直っていない地も忘れないで。
災害復興の道のりは遠い。
時の経過とともに人々の記憶も関心も薄れる中
道半ば、ミリ単位の前進しかできず
それでも明日を目指す人々を忘れないで……